賽の河原カテゴリー
兵庫の片INAKAに越してきて、かれこれ四ヶ月近くになる。INAKAといっても、いわゆる「郊外型ベッドタウン」というやつで大阪・神戸に一時間圏内なので、それほど不便を感じることはないのだけれど、最近DVDなぞを借りに某大手レンタルビデオショップに行くたんびに脳がぐわんぐわんして用を弁ずることがたし。不便。
映画みたいなー、でも特に何ってわけでもないねんなぁ、とりあえず行ってから決めよ。と、普段の自分はそんなぼんやりと霧のような想念を頭上にもやもやと漂わせながら店へと向かうのが常、なのに、そのもやもやが固化しないままむしろ黒みを帯びてどんよりと、足も覚束ない体で何も持たずに店を出てしまうのが常、ってわけじゃないけど、まあ十回に七回くらいかなあ。
なぜって見つからないのである。映画が。
今日だって特に何が見たいわけでもなく、でもウディ・アレンのがあったら観てないやつを潰したろ。くらいの気持ちで行った。のに、ない。無い、わけではないかもしれない。あるかも。だとしても見つけられない。見つけること難し。不便。
え、店に入るよね、でこの店は書店とレンタルメディアを兼ねているので、書店スペースをすっと通りぬけ、映画コーナー。洋画のコーナー。棚にずらっと並んでいるパッケージ。じゃあ、って探し始めた瞬間に「あ、ムリかな」と思わず口に出すくらいどうしようも無い感じなのはジャンル分けがめったくただからであって、それが原因で自分はもやもやがどよどよになって店を出るのどよ。
そもそもジャンルなんてのは個人の主観に負うところが多く、自分が思い浮かべるジャンル、ってのが世間と一致しないなんてことはこれ、よくあることなのだけれども、それにしたって「ドラマ」なんてジャンルに分けられてる作品群を目の前にして、このジャンルに収められていない作品は総じてドラマツルギーが無い作品なのか、映画界もすごいことになったもんだ、と唸ってしまう。加えて「ドラマ」枠には小ジャンルが設定されていて「恋愛」とか「シリアス」とか。シリアスな恋愛ドラマはどこに入るんでしょうか。「ドラマ」枠ではないジャンルは「アクション」とか「SF」とか。アクションやSFには起承転結など必要ない、というラジカルな意見。純アクションとか楽しそうね。ずっとスタント。純SFはあれか、もう架空の理論だけを延々と。こんな状況を目の当たりにして、すでに八割方意識は帰宅のほうへ傾いていっているのだけれど、さらに困るのは、いや、こんな具合だから期待もできないけれど、いわゆる「監督別」とか「主演別」みたいなコーナーが無いのであって、ここからかなりの本数がDVD化されてるウディ・アレン作品のうちタイトルも覚えていないような「自分がみてないやつ」を見つけるなんて芸当は不可能に近いと思いませんか。
いやさ、例え明確に見たい映画が決まっていて、タイトルも覚えている。そんな状況であっても、例えばこの前は『ゲットショーティー』が見たかったのだ、んで行った。「コメディ」のコーナーをじっと探した、無い。恋愛要素もあるやもしれん。「恋愛」なし。途方に暮れた。念のため純アクションのところをいちから探してみた。「アクション」「スパイ」のところにあった。この段階ですでに三十分以上が経過している。頭がぐわんぐわんする。当の映画は当たり前のようにドラマツルギーしてた。
見つかってもこれなのだから、見つからない場合の徒労感となると賽の河原も裸足で逃げ出すってもんですよ。
せめて監督別とかの客観的事実に基づくカテゴライズをしてくれないことには、もしくはジャンルなんてとっぱらって全部アイウエオ順にしてくれないと自分はいつまで経ってもレンタルビデオ屋で賽の河原をしなければならなくなるので困る。
ちなみに今日はウディ・アレンを早々に諦めて帰ろうとしたら「なんたらトップ10」とか言う特設コーナーで『イントゥーザワイルド』を見つけた。「観てなかった観たかった。ああ、私は救われた。」と思って手に取ったら、パッケージに怪しげな蝶を模したシェイプに「極上彼氏」と手書きで書かれたシールが貼ってあったので、何が何だかわからず恐怖を感じて逃げるように帰宅。不便。
西田 かん
2010年1月15日 19:49
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